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誕生日の奇跡85

「手紙、ですか?」

「そう。…姉からなんだ。」

「!?」

「あの日…、
 桃ちゃんと優太と初めて会ったあの日…、
 帰宅した俺を、この手紙が待ってた。」

「じゃあ、2ヶ月前…?」

「うん。
 2ヶ月前に届いて、まだ読んでない。」

「え!?」


よくよく見ると、封を切った跡が無い。


「弱虫だろ?
 こんな手紙ひとつ開けられないなんて…。
 でも、怖いんだ。
 また拒絶されたらって思うと…。」

「先輩…。」


薄黄色の封筒が微かに揺れている。

先輩の心とともに…。




「あれからしばらくして、
 恋人とは別れたんだ。
 
 彼は全然悪くないのに、
 心のどこかであの店さえ行かなかったらって…。
 言葉で責めるようなことはしなかったけど、
 態度の端々に出てたんだろうね。
 最後は…たくさん泣かせてしまった。

 両親とはね、案外普通に接してる。
 と言っても、
 年に数回電話で話す程度だけど。」


先輩は自嘲するかのような笑みを浮かべて話す。


自分を責め続けてるんだ…。

長い間、ずっと…。


「姉と俺は年が離れているせいもあって
 ほとんどケンカもしない仲の良い姉弟だった。
 姉に育ててもらったと言ってもいいぐらい、
 可愛がってもらったよ。
 だから余計に、
 ショックが大きかったんだと思う。

 頻繁にあった電話もメールも無くなった。

 もちろん、俺からはしない。
 できるはずもない。

 この手紙はね、
 そんな姉から来た、初めてのコンタクトなんだ。」


先輩の口元にあった笑みが消える。

まっすぐ私を見つめる瞳には
決意の光が宿っていた。


そして、
“お願い”の内容が明かされる。


「君と出会った日に届いたこの手紙を
 君に…桃ちゃんに…
 託したい。」

「――――!?」


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



誕生日の奇跡84

「そろそろ帰らないとね。
 具合悪かったのに、ごめん。
 でも、
 ありがと…聞いてくれて。」


私は先輩の腕に抱かれたまま、
首を縦に振ったり、横に振ったり
ごそごそと意思表示をする。

確実に酷いことになってるはずで、
顔が上げられない…。

仕様が無いので
俯いたままそっと体を離すと、


「目、腫れちゃった?
 見せて。」


と、顎を持ち上げられてしまった。


「せ、せんぱいっっ!
 ぶちゃいくだから見ないでっっ!」


慌てて顔を隠そうとする私に、


「ぶちゃいく?
 どこが?
 すごく、かわいいよ。」


本気でわからないという様子で
首を傾げる先輩。

そして、


「でも、その顔じゃ
 お母さん心配しちゃうな…。」


うーーーん…と、
腕を組んで悩んでいる。

その横で私は、
先輩がさらりと言った“かわいい”に
ひとり顔を赤くした。

さっきまで平気で抱かれていたのに、
急に男の人として意識してしまう。

やがて先輩は、


「ちょっと、待ってて。」


そう言い残し、
公園の隅にある自販機に走っていった。

程なく戻ってきたその手には、
あのレモン味のミネラルウォーターが…。


「これで、冷やすといいよ。」


と、まぶたに当てる。


「あ、ありがとうございます。」


ひんやりとした感触が心地よく、
ゆっくりと熱が治まっていくのを感じた…。




片目ずつ交互に
ペットボトルを当てながら、
空を見上げる。

いつの間にか、
夕方というより夜に近い色。

公園の電灯も
どこか堂々と辺りを照らしていた。

先輩も静かにそれを見上げる。




不思議な時間…。

せんせいといる時とはどこか違う…。

そういえば、
匂いも違ったな…。




そんな
落ち着いた時の流れの中で、


「ひとつ、お願い聞いてくれる?」


そう言って先輩は、
一通の手紙を差し出した。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡83

「俺の言葉に固まった家族の中で
 唯一、姪だけは
 素直な笑みを向けていた。
 抱っこしてとせがむように
 ちっちゃい手を俺に伸ばして…」


ふと話を切り、
公園沿いの道をじっと見つめる先輩。

そこには
ベビーカーを押して歩く女性が…。


「その手をさ、取ろうとしたんだ。
 ホントに何気なく…。」


先輩は女性の姿が見えなくなっても
同じ方向を向いたまま…。




「やめて。触らないで。」

「え?」




予想だにしなかった言葉に
思わず聞き返す。


「そう言われたんだ、姉に。」

「!?」


先輩は相変わらず私を見ない。

淡々と語り続ける。

感情が込められていない冷めた口調。

それなのに、
悲しみが苦しいほど伝わってくる。


「逃げるようにその場を立ち去って、
 それから家族とは会っていない。

 1年の春だったから、
 もう2年か…。
 
 あの子も大きくなってるんだろうなぁ。

 桃ちゃんの瞳、似てるんだ。
 あの時の姪の瞳に…。

 って…桃ちゃん?
 
 なぜ、君が…
 泣いてるのさ。」


先輩がやっとこっちを向いてくれた。

でもその姿は
ぼやけて見えない。

私は涙を止めることが出来ず、
しゃくりあげながら、


「せ…んぱいが…泣かないから…」


ようやくそれだけを返した。


先輩は、


「バカだな…。」


そう言って、
私を優しく抱きしめた。

そして、
ぽんぽんと背中を叩く。

まるで幼い子をあやすように…。


「早く泣きやんで。
 君を泣かせたままだと
 優太に怒られちゃうよ。」


先輩の腕の中はあったかくて、
私の涙を余計に溢れさせた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡82

どうか、入ってますように。

願わくば、
キャラクターものではありませんように。


先輩の手が離れた途端、
ごそごそとバッグを探る。


「あ!あった!!!」


ポーチの中に1枚のカットバン。

ただし、残念ながらマイメロ柄。


どうしよ…。

男の子にこれは無いよね?

でも…


意を決して、
手の甲にペタリ。


「え?」


先輩は驚いた顔で
マイメロと私を交互に見つめる。


「ごめんなさい。それしか持ってなくて…。」

「い…や…、あの…、ありがと。」


眉尻を下げながらの
ちょっと困ったような“ありがと”。

その表情に思わず笑ってしまった。


「先輩、恥ずかしいって顔に書いてありますよ(笑)」

「えええっっ!?」


慌てて顔を隠そうとする先輩の手には
ピンクのマイメロが微笑んでいた。




「桃ちゃんって、不思議な人だね。
 あ…、これ、前にも言ったかな?」


カットバンを指でなぞりながら、
先輩が呟く。

その呟きを合図に、現在から過去へと…。

それはとっても辛い旅。




私に何ができるの?

何が言えるの?

無力な自分に
先輩はなぜ…?


ただ…、

どんな形の旅の終わりでも
おかえりなさいって迎えたい。




「あの日の実家は、
 その場にいた者じゃないとわからない
 異様な空気だったなぁ。

 話したいことは決まってるのに
 誰も言いださないんだよ。
 全然違う話を無理に盛り上げて、
 ワザとらしく笑って…。

 その空気に真っ先に根を上げたのは
 俺だった。

 “俺、ゲイなんだ”

 たったひと言の告白。

 でも、
 家族を壊してしまうには、
 十分すぎるほどのひと言だったんだ。」


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡81

「その時は友達だって彼を紹介して
 なんとなく誤魔化したけど、
 無理だよね、そんなの。
 だって、アーンだよ、アーン。
 友達はしないでしょ?(笑)

 それからしばらくして
 実家から連絡があった。

 一度ゆっくり
 帰ってこないか?ってね。

 すぐにピンときたよ。
 ああ、とうとう姉が
 言っちゃったんだって。

 姉も悩んだと思う。
 両親に打ち明けるべきか。
 でも、初めての子育てに追われる毎日で
 弟の秘密までは抱えきれなかったんだろうね。
 かわいそうなことをしたよ。
 実家で会った姉は、とても疲れた顔をしてた。
 姉だけじゃない。
 両親も…。
 一気に老けたようだった。

 すべて、俺のせい。
 俺が…汚れたせい。」


無意識なんだろうか…。

先輩の視線は
ぼんやりと電灯を捉えているのに、
膝の上で組まれた手は
指先が白くなるほど強く握られている。

爪は食い込み、
いまにも皮膚を突き破ってしまいそうだった。

私はその手に自分の手を重ね、
力を抜いてくれるように促した。


「ありがと。
 やっぱり、君は姪に似てる。」


そう言って先輩は力を緩め、
その代わり私の手をそっと握った。


「少しだけ、こうしてていい?」


返事の代わりに、やんわり握り返す。

先輩はホッとしたような表情を浮かべて、
心も緩めるかのように目を閉じた。

ふと、
膝に置かれたままのもう片方の手を見ると、
甲の部分に薄っすら血が滲んでいる。


今日、カットバン持ってたかなっっ(汗)


先輩の体温を掌に感じながら、
バッグの中身を必死に思い出していた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡80

相槌をうつタイミングもわからない自分が
先輩を傷つけないか心配になる。


「ごめんね。こんな話…。
 引いちゃうだろ?」


自虐的にあははと笑う先輩。

私は上手い言葉が見つないまま、
首をぶんぶんと横に振った。


「いいんだよ、無理しなくて。
 親もね、仲の良かった姉も…、
 受け止められなかったことなんだから。」


そう言った先輩があまりにも小さく見えて、
さっきよりも激しく首を振る。


「桃ちゃんは優しいね…。」


夕方の公園に
先輩の声が淋しく響く…。

その時、
暗いとは言い難い明るさの中で、
ポワンと電灯が灯った。

先輩はそれを眺めながら、


「今、点ける必要あるのかなぁ…。」


と、呟いた。




「姪が生まれて1年経ったぐらいかなぁ。
 彼氏…というか彼女…、
 ああ、なんだかややこしいね、
 まぁ、恋人ね。
 その恋人と手を繋いで歩いてたんだ。
 もちろん、生活圏をかなり離れた場所でね。
 
 初めての旅行だし、
 喜びと解放感からかなり大胆になっててさ。
 そのままのノリで地元で有名な店に入ったんだよ。
 
 そこは、手作りの湯豆腐を食べさせる店で、
 彼がさ、前々から行きたいって言ってたから・・・。
 
 でも、そこで、
 ありえない人物と鉢合わせした。
 俺たちがアーンとかやってる横の席に、
 姉家族が案内されてきたんだ。
 
 案内係ももうちょっと考えてよって話だよ。
 明らかにゲイカップルな俺達の横に
 健全な家族…、
 しかも赤ん坊連れの家族を案内するなんてね。」


そこまで堰を切ったように話した先輩は、
一旦電灯から目を離し、


「ね、そう思わない?」


と同意を求めた。

私は慌てて首を縦に振る。


言葉は無い…。

何も言えない…。


先輩は


「だよね?」


と嬉しそうに笑って、
再び電灯に視線を移した。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>


誕生日の奇跡79

「桃ちゃんてさぁ、その…。」


もうすぐ店が見えるという所で、
先輩の口調が変わった。

足取りも、遅い。


「先輩?」


その歩調に合わせながら、
どうしたのかと顔を見ると、

“何かを言いたいのに言えない”

そんな表情…。


なんだろ?

言いにくいことなのかな?


悪い話なのかと、
不安でドキドキしていると…




「似てるんだよねぇ…、俺の姪っ子に。」




「…ふぇ?」




意外な展開が待っていた。




「姉の子で今年3歳になるんだけど、
 生まれた時、
 病院で抱かせてもらったんだ。
 そしたらさ、
 ちっちゃくて、ふわふわで、
 甘い良い匂いがして…。
 まるで天使だった。」


先輩はその時の状況を思い出しているのか、
嬉しそうに頬を染めている。


「でも…、
 無垢ってこういうことを言うんだなぁって思ったら
 触れられなくなった。
 汚い俺が触れちゃいけないって。」

「汚いって…そんな…」


一転、苦しげに唇を噛みしめる先輩。

私はただ、
見つめることしか出来ずにいた…。




「ちょっと、あそこ寄らない?」


そう指さした先にあったのは、。
幼い頃よく遊んだ近所の公園。

最近は子供の数が減ったせいか、
賑やかな笑い声が聞こえることも少なくなった。


「座ろっか。」


先輩に促され、
ベンチに並んで腰かける。

見慣れたはずの公園が
今日は違って見えた。




「桃ちゃんは俺がゲイだって知ってるよね?」

「え!?あ…はい。」


苦手な分野の話だとわかり、
自然に声が小さくなる。


「姪が生まれた時、
 まだカミングアウトしてなかったんだ。」

「カミ…?」

「カミングアウト。
 “俺は男しか愛せない”って公言することね。」

「…はい。」

「だから、親も姉も
 俺をフツーの男だと思って接してた。
 彼女いないのー?とか、
 ごく当たり前に言ってきてたな。
 恋人はね、いたよ。
 だから、いるよって答えてた。
 でも、その恋人は男だったんだ…。」

「!?」


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡78

「先輩、すみません。
 送っていただいて…。」

「いいの、いいの。
 これは、愛未に言われたんじゃ無くて、
 自発的だからねー。」




海先輩の隣を歩く帰り道。

とても不思議な気分…。

だってほんの数日前までは
先輩、私のことキライだったはずだもん。

ホント、人ってわからない。

もしかして、
小さい頃私をからかってた男の子も
今なら仲良くなれるのかな…。




先輩とその男の子を重ね合わせて、
そっと横顔に微笑んだ時、


「危ないっっ!」


突然、強い力で
体を引き寄せられた。




危険を知らせる声と
先輩の腕に抱かれていることに驚いたのも束の間、
真っ黒い大きな車が
2人の体すれすれを走り抜けて行った。


「な…んだよ、あの車!」


苦々しげに去っていく車を見つめる先輩。


って、あのぉ…


「せ、せんぱい?」


今までにない至近距離から見上げて、
恥ずかしさを訴える。


「ん?あっっ!?
 ご、ごめん!!!!!!」


慌てて飛び退いた先輩の顔は
頭上を覆う夕方の空より赤い。


「い、いえ。ありがとうございました。」

「ど、どういたしまして。」


賑わう商店街で
いつまでもペコペコと頭を下げ合う私たちは
行き交う人々の笑いを誘った。




さすがに人目が気になり
歩き出したものの、
照れ臭さで若干の距離が…。

でも、先輩は
私をガードするように
きっちり車道を歩いている。

さりげない優しさに
感謝と頼もしさを感じた。

なんだか無性に
この気持ちを伝えたくて…、


「先輩って、優しいです。
 私…、仲良くなれて良かった。」


我ながらどうかと思う単語のチョイスだけど、
今の気持ちそのままを言葉にした。

それを聞いた先輩は
目を丸くして立ち止まる。

そして…


「ありがとう。
 俺も桃ちゃんと仲良くなれて良かったよ。」


そう言って笑った。

思いっきりくしゃくしゃの笑顔。

つられて私もくしゃくしゃに。

再び歩き出した私たちの間に
距離は存在しなかった。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡77

部室に着くと、
先輩はすでにメニュー作りを始めていた。

というより、1冊作り終えそうな勢い。


「あれ?これ2冊目のだよね。」

「あぁ…うん…。」


不審げに
写真とレースペーパーが貼られたメニューを
手に取る愛未に
微妙な返事を返す先輩。


「海。授業出なかったの?」

「…。」


その質問には答えず、
黙々と作業を続ける様子に何かを感じたのか、
愛未はそれ以上追及しなかった。




結局、
優太くんが持って帰った材料は6冊分。

それは、
私がメニューの説明を書き終えていたものの
すべてだった。


「今頃、優太も同じことしてんのかな?」


レースペーパーを貼りながら、愛未が言う。


「器用だからね。
 愛未より、上手く貼ってんじゃない?」


先輩の言葉に
愛未は怒り、
私は笑った。

欠けたピースを補うように、
会話のあちこちに
“優太”というワードが入り込む。

それだけ大事なんだ。

優太くんの存在が。

少しのことで
心が折れてしまった自分が恥ずかしい。


もっと強く…。


強く、なりたい…。




「明日には仕上がりそうね。」


完成されてない材料はあと1冊分。

確かに愛未の言う通り、
明日には余裕で仕上がるけど…


「今日中に出来るんじゃない?
 まだこんな時間だし。」


いつもなら、
これから1時間は作業してる。

何でも後回しにするのが嫌いな愛未。

らしくない言葉に首を傾げた。

でも、そんな私に、


「今日は早く帰んなさい。
 まだ、本調子じゃないでしょ?」


と言って、
片付けを始めてしまった。


「え?具合悪いの?
 そう言えば顔色が…。」


先輩は心配げに私を覗き込む。


「だ、だいじょうぶです!
 もう平気ですからっっ!!!」


“元気”ということを伝えようと
ダブルピース付きの笑顔を見せてみたけど、
先輩は納得しなかったようで、
愛未に視線を移した。


「さっきまで保健室にいたのよ、このコ。
 授業中、具合悪くなってね。
 という訳だから、
 海、送ってってくれる?」

「それはもちろんだけど、愛未は?」

「ちょっとねぇ。」

「例の第2報は?」

「それも含めて、明日報告する。」

「…俺に手伝えることは?」

「手伝うと、抜けられないけど?」

「な、なにからだよっっ!?」

「ふふふ。
 まぁ、吉報を待てってことよ。
 上手くいけば
 桃、
 それから…
 海、あんたも、
 明日の授業は静かに受けられるから。」


そう言い残し、
愛未は颯爽と部室を出ていった。




そして、
静まり返った部室に
先輩のひと言が響く…。




「愛未って、深い…。」




私も
そう思います。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡76

「せ…んせ…。なに言って…―――?」

「詳しいことは今は言えない。
 言えば一層、
 お前を巻き込むことになる。」

「あの…、巻き込むって…」

「手は打つ。俺を信じろ。」

「…。」


先生はそれ以上何も答えてくれず、
ただ、授業が終わるまで
髪を撫で続けた。








終業のベルが鳴り、先生が出て行くと、
入れ替わりのように愛未が入ってきた。


「桃、迎えに来たよ。」


明るく言う愛未の口元は
他にも何か言いたげに歪んでいる。


「愛未、もしかして…」

「ふふふ。
 桃も察しが良くなったねぇ。
 数分前にここに来たら
 中から話声がしたんでぇ、
 お邪魔かなぁと思いまして
 廊下で待たせていただきましたぁ。」

「…やっぱり。」


愛未に聞かれて困るような話はしてないけど、
なんだか気恥ずかしい…。

赤い顔で身支度を整える。


「髪は梳かなくても、キレイだねーーー♪
 だって、ツンデレ白衣が…」

「―――!?」


まさかっっ!と、
驚いて愛未を見ると、


「見てない、見てない。
 ツンデレと桃が抱き合ってるとこなんて
 見てないぞーーー♪」


見たんだ…(涙)








気恥ずかしさを通り越して、
逃げ帰りたい気分…。

部室に向かう足取りは重かった。

その原因の愛未は
スキップしそうな勢いで
楽しそうに前を歩いている。

とぼとぼ歩く私を振り返り、


「なに、落ち込んでんのぉ?」


と顔を覗き込んできた。


「だってぇ…。」


先生にパンツを見られた時も
恥ずかしかったけど、
友達にああいう場面を見られるのも…。


「恥ずかしい?なんで?
 いいじゃん、
 好きなんでしょ?」

「それは、そうだけど…。」


嫌なわけ無い。

大好きな先生なんだから。


突然、温もりが蘇って
また顔が赤くなる。


はっっ!!!

いけないっっ!

愛未に話をすり替えられるところだった! 


「そうじゃなくて!
 愛未に見られたのが…。」

「ああ。そっちね。」


…そっちでしょ?フツー。


「私は嬉しかったよー。
 やっと桃にも
 好きな人が出来たんだなぁって。」

「え?」

「先生といた時の桃の顔、
 サイコーにかわいかった。
 私の知らない顔だったなー。」

「//////」

「かわい過ぎてね、ジェラシーすら感じたわ。
 ツンデレ白衣ヤローに。」


そう言って愛未は、
私の両頬をむにゅっと掴んだ。


「みゃ、みゃにゃみぃ?」


問いかけもままならない程、
左右に引っ張られる。

でも…、
それをしている愛未の顔は
真剣そのもの。

そして、変顔の私に向かって、


「大変だろうけど、
 頑張んなさい、桃。
 アイツのこと好きなら、何があっても。」


と言った。


私はその言葉に無言で頷く。




あーーーあ。

手、離してくれてたら、


「ありがと、愛未。」


って、
言いたかったんだけどなぁ。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡75

突然、引き寄せられた私は
先生のお腹のあたりに
ぽふっと顔を埋めた。


「どうして、謝るんですか?」


この状況よりも
先生の言葉が気になって、
そのままの体勢で質問をする。


「お前を…」


言いかけて
なぜか口をつぐんでしまう。




・・・。

やっぱりいつもの先生らしくない。




「せ…んせ?」


白衣から少し体を離し見上げると、
避けるように横を向く…。

そして、再び引き寄せられ、
たどたどしい懺悔が始まった。




「席に座ってるお前を見て
 存在を確認すれば
 すぐに目を逸らすつもりだったのに
 顔色が気になって…、
 つい、見つめてしまった。
 そのせいで…。」




さっきの授業のことを言ってるの?

気のせいじゃなかったんだ。

あれは、私を見て…。




「どんどん
 顔が青くなっていく桃が気になりながらも、
 何もしてやれなかった。
 俺が擁護するようなことを言えば
 また、お前が傷つくことになる。
 だから、あんな言い方を…。」

「せんせ。
 私、なんとも思ってませんから。
 連れ出してくれてほっとしました。
 みんなの態度は辛かったけど…、
 でも、それは先生のせいじゃないです。」

「違う!そうじゃないんだ!」




消極的な懺悔が
力強いものに変わり、
先生の強い口調に
びくっと体が強張った。

それに気付いた先生は、
緊張を解すように
指で私の髪をすいた。




優しく繰り返されるその行為。

ゆっくりと緊張が溶けてゆく。

そのまま先生は懺悔を再開した。



「元はといえば、
 俺…いや、俺たちのせいなんだ。
 桃やお前の友達が苦しんでいるのは…。」




―――!?


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>


誕生日の奇跡74

赤い顔して
ペットボトルの飲み口の部分を眺める。




初めての恋の相手は
年上で
美しいせんせい…。

そして、
平凡な私には想像もつかないほどの
色々な才能を持った人…。

先生の恋の相手にはなれなくても、
こうして
何かと気にかけてくれる…。

私、しあわせです。




くすぐったいような喜びを噛みしめ、
もう一口、
レモン味の水を飲んだ。








先生が壁かけの時計をちらりと見る。


ここにいるということは、
授業は無いんだろうけど、
きっと忙しいよね、ケンキュウとか…。


「せんせ。私、もう平気です。
 ご心配をおかけしました。」


―だから、もう戻ってください―


そう気持ちを込めて、頭を下げる。

すると先生は、


「俺がいると迷惑か?」


と、なぜかムッとした顔。


「ち、ちがっっ…―――!!!」


急いで否定しようと体を乗り出した時、
先生は力強く私の肩を押さえ
動きを制止した。

え…?っと固まる私の手から、
ペットボトルを引き抜くと、
素早くキャップを閉める。


「ばか。こぼれるだろ。」


そう
ため息をつきながら…。




先生から渡されたミネラルウォーターは
まだまだ、かなりの量が残っていた。

これがこぼれたら、
ずいぶんベッドを汚していただろう。

ホッと胸をなで下ろす私に、


「いちいち冗談を真に受けるな。
 桃が俺にいて欲しいことはわかってる。」


立ち上がりながら、
さりげなく意味深な言葉を落とす先生…。


わかってる?

それって…


その言葉の真意を読み取ろうと
先生を見上げる。

そこには、
優しさを湛えた瞳が待っていた。


キレイな茶色の瞳…。

今、私だけを映している…。


そう思うだけで心が満たされ、
真意を追うことを忘れてしまう。



やがて先生は
私の首に手をまわし、
自分の白衣に引き寄せ…




「悪かったな…。」




と、
もっとも似合わない類の言葉を
囁いた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡73

何でも見透かされるというのは
たまらなく恥ずかしい。

私は布団をすっぽりとかぶり、
気持ちが落ち着くのを待つことにした。

しばらくすると、
人が動く気配と
何かがバタンと閉まる音が…。

先生が出て行ったのかと
慌てて布団から顔を出すと
ぴとっと冷たいモノが当たった。


「ひゃっっ!」


ドキドキしながら
その冷たいモノを見ると、


「お、お水?」


さっき、
愛未が飲みほしたのと同じ銘柄の
ミネラルウォーターだった。


「お前、飲んでないだろ?」


そう言って、
ペットボトルを差し出す先生。


どうして知ってるの!?

やっぱり先生って…


エスパー疑惑、再浮上!

でも、
その疑惑は
すぐさま打ち消された。


「いくら喉が渇いてても、
 1本飲み干せないだろ、桃は。
 アレ飲んだのは北川だな。
 こういうこともあろうかと
 もう1本冷蔵庫に入れておいたんだ。」

「…。」


エスパーじゃなくても、
先生はスゴイ人です。




お礼を言って、
ミネラルウォーターに口をつけた。

少し甘みのあるレモン味。


「おいし…。」


思わず笑みがこぼれる。


「ふーーーん。
 そんなに美味いのか?
 研究室の学生もよく飲んでるし。」


そう言って先生は、
ふた口目を飲もうとしていた私から
ペットボトルを奪い…


「あっっ!?」


の、のんじゃった…。


「うっ…。甘いな…。
 女が好きそうな味ではあるが。」


と、顔をしかめながら返却。

それを受け取る手が
微かに震えた。


間接キス…だよね、これって。


さっきまで透明に見えてたミネラルウォーターが
ほんのりピンク色に見える。


「ん?
 もう、飲まないのか?
 いらないなら、北川にでも…」

「の、飲みます!飲みます!!!」


ダメーーー!

先生と愛未の間接チュウなんてっっ!!!!!!


私は震える両手でペットボトルを持ち、
えいっっ!と唇をつけた。

爽やかな甘みが
喉を通り、
全身に広がってゆく…。


ファーストキスがレモンの味って
本当だったんだぁ…。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡72

「とは言え、さっきの顔色は酷かったぞ。
 もう少し横になってろ。」


強く促されて、
ベッドに入ったものの…


お、落ち着かない(汗)


ベッド脇の椅子に座り、
私をじっと見る先生。

その視線から隠れるように
布団を鼻までかぶった。


「あ、あの。ご迷惑おかけしました。」


もごもごと布団の中から話しかける。


「ん?何がだ?
 布団をフッ飛ばしたことはもう…」

「い、いや、そっちじゃなくって。
 ううん。そっちもなんですけど。
 授業、中断させちゃって…。
 それに、騒がしかったのも、きっと…。」


私のせい…


そう続けようとしていた言葉を遮るように、
先生は布団に手を伸ばした。

首の位置まで下げられ、
熱を持った頬に風が気持ち良く当たる。


でも…


先生の顔、すっごく近いよぉ!


隠れる場所を奪われた私は、
ただただ視線を泳がせるばかり。

先生はそんな動揺もお構い無しに
こう言った。




「ちゃんと聞かせろ、お前の声を。」




ふ、ふとん――――!!!!!!




そのあと、
布団を上げたり下げたりの攻防が繰り広げられ、




「負けた…。」




私は奇跡の勝利を得ることになった。




「お前、案外頑固だな。」




乱れた前髪を直しながら
負け惜しみっぽいひと言。

布団から目だけを出して、
そんな先生を見つめる。


疲れた顔の先生もステキ…。

ウットリしたって、
目だけじゃわかんないもんねぇ♪


高をくくって
思いっきり口元を緩めた…途端、




「なんだ。
 俺様に勝ったのがそんなに嬉しいのか?」

「えっっ!?」




ど、どうして?

透視能力?

せんせいって
愛未と同じ種類の人?




「なぁ、桃。
 目は口ほどに物を言うって言葉知ってるか?」




言ってました?

私の目…。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡71

ふわりと風が吹き、
鼻先をあの匂いがくすぐる。


消毒液の…。

そうか。

ここ、保健室。


先生の白衣から香る匂いに似ていて、
なんだかとても安心した。

意識が半分
戻りかけている状態でのまどろみ…。

さっきまでの緊張感が嘘のよう。


もう少しだけ、
こうしてたいなぁ…。


寝返りをうち、枕に顔を埋める。


あ…、これも先生の…。

保健室って枕も消毒するんだぁ…。


病院を連想させるから
大嫌いだったこの匂い。

いつの間にか、
大好きな匂いに変わってる。


「ふふっ…。」


“都合のよい変化”に笑いが漏れる。




その時、
消毒液の匂いが一層濃くなり、


「寝ながら笑うヤツ、はじめて見た…。」


先生の声が頭上から降ってきた。


せ、せんせっっ!?


驚きで一気に覚醒し、
布団をはね除け飛び起きた。


そこには
ベッド脇に立つ…


「せんせ…ですよね?」

「そのつもりだが。」

「あ、あの…、どうして布団を頭から…」

「被っているのかって?
 それは、お前に布団がかかってないからだ(怒)」




愛未に続いて、
先生にもベッドの上で平謝りをする。

明らかにしゅんとする私に
眼鏡も髪も整え終えた先生が言った。


「あれだけ布団をフッ飛ばせる元気があれば
 もう大丈夫だな。」


…はい(涙)


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡70

それから結局、
洗いざらい白状させられてしまった私。

桜並木での出会いも…
サークルブースでの再会も…
屋上での出来事も…


「それで、桃ちゃんは
 涙は俺が拭ってやるって言われて、
 チュウされたと?」

「う…ん。
 あっ!でもっっ!!!
 チュウはくちびるじゃないからね!
 ちょっと横だから!」

「はい、はい。わかった、わかった。
 桃はまだ純潔です。清いカラダです。」


嫌味っぽく言ってるけど、
どこか楽しそうな愛未。


「愛未…?
 怒ってないの?」

「…怒ってるよ。」

「だ、だよね。
 ごめんなさい…ホントに…あ、あの…」


心のどこかに、
きっと愛未なら
“怒ってないよ”と言ってくれるという
甘えがあったのかも…。

ハッキリその甘えを否定されて、
激しく動揺する。

視界がぼやっと歪み、
瞳に収まりきらなくなった涙が
頬につたおうとした時、
愛未がマジメな顔でこう続けた。


「そりゃ、怒るでしょーよ!
 こんな面白いネタを
 ずっと隠されてたんだから!!!」

「…ふぇ?」

「初恋の相手が美形ツンデレ准教授。
 寸止めじらしプレイの連続で
 主人公も読者も超モヤモヤ!」

「あ、あの…。愛未?」

「これ、配信第1号にピッタリかもっっ!
 今のところ、全年齢対象だし…。
 うん。イケる!!!
 さっそく、部長に相談しなきゃ!!!」

「は、配信って…?」

「大丈夫!
 誰かは絶対わからないようにするから!
 じゃあ、桃。
 放課後迎えに来るからね!
 それまでおとなしく寝てるんだよ。」

「ま、愛未!授業は!?」

「ああ、それ言ってなかった。
 ツンデレ眼鏡が
 次の授業の先生に言っておくから
 桃についてろってさ。
 愛されてるね、桃。」

「あ…い―――――!!!!!!」


そして、愛未が風のように去り、
誰もいない保健室にぽつんと取り残された。




先生が持ってきたというペットボトルが
窓から射す日差しに反射して
キラキラ輝いている。




愛未、
すっごい誤解してる。

せんせいのことは
私の片想いなのに…。

あとで、
訂正しなきゃ。

それと…、
せんせの呼び方…
か…わり…すぎ…―――




梅雨の晴れ間のひと時、
私はまた
眠りの世界に入っていった…。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡69

「けっこう時間経ってたんだぁ。」


ふわーーーっと伸びをしながら、
呑気に言う愛未。

4時限目の授業も
とっくに始まってる時間。


「愛未!だから、じゅ…―――」

「いいの、いいの。」


レモン風味のミネラルウォーターを飲みながら
空いている方の手をヒラヒラさせる。


…いいのって、愛未―――。


不安げな目で見つめていると、


「仕方ない。教えてやるか。」


そう言って、
残りの水を飲み干した。




「桃は眠ってて知らないだろうけど、
 さっき、ニノセンが来た。」

「えっっ!?
 こ、こ、こ、ここにっっ!?」

「そう。ココに。
 で、これを置いていった。」


と、空のペットボトルを揺らす。




せんせいが来て、
ミネラルウォーターを置いていって、
愛未が飲んで…


「愛未。話が全然わからないよぉ。」


“先生のこと”だから、
ちゃんと知りたいのに…。


思わず半べそをかく。


「あのさぁ、桃。
 全然わからないのはコッチなんですけど?」


愛未は私の鼻をぎゅっとつまんで、
顔を近づけた。


「それでは、ここで問題です。」


ん?


「ニノセンは、なぜ桃のことを
 “桃”と呼んでいるのでしょうか?」




――――――!!!!




「あら?問題が難しすぎましたかねぇ。
 では、難易度を下げましょう。
 簡単な問題ですので、
 小学生でも答えられるはずです!」


い、いやな予感…。


「桃ちゃんは
 いつからニノセンが好きなのでしょうか?」

「前に話してた、好きかも知れない人って
 ニノセンのことなのでしょうか?」

「あの写真を撮ったのも…って、桃?」




私はごそごそとベッドから這い出して
その上に正座をした。




「隠してて、ごめんなさい…」




深々と頭を下げる。

なぜか三つ指をついて…。




ごめんね、愛未。黙ってて…。




「顔上げな、桃。」




愛未の言葉に
水くさいと叱られるのを覚悟で顔を上げた。




そこに、待っていたのは…、




「で?チュウぐらいしたの?」




ちょっとHな最終問題だった。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡68

先生は、
生徒に質問を浴びせる時すら
名前を呼ばない。


「そこのお前。ここ、答えて。」


と、指し棒で
ぶっきらぼうに相手を指名するだけ。

だから、室内にいる全員が驚いている。

先生が生徒の名前を
覚えていたということを。

いや、違うのか…。

愛未は驚いてないみたい。

当り前のように、返事をしたのだから。




これから何が始まるのだろう…。




驚きと期待感…。

講義室の温度が
微かに上がったような気がした。


みんな、愛未が怒られるのを
待ってるの?


敏感に感じる空気の変化に
吐き気が襲う…。




も…―――、だ…め…―――




座るという体勢にすら
限界を感じた瞬間、
再び先生の声が…。




「となりのヤツ、保健室連れて行け。
 そんな青い顔でいられたら目障りだ。」








愛未に支えられ保健室に着いた途端、
私は軽く意識を失った。

次に目を覚ました時、
まず飛び込んできたのは
真っ白な天井…。

そして、愛未…。

ベッド脇でウトウトしながら、
私の手を握っている。


「愛未…。」


小さく声をかけた。

愛未はその声に
ハッと目を覚ます。


「桃、大丈夫?」


心配げに揺れる瞳。


そんな顔させて、ごめん…。


私はできるだけ明るい笑顔を作った。


「もう、大丈夫。
 ごめんね、心配かけて。」

「ううん。こっちこそ…。
 もっと早く連れ出せば良かった…。」


愛未は悔しそうに唇を噛み、
握った手に力を込めた。




保健室の清浄な空気で
心が少しずつ澄んでゆく。

ふと、
壁にかかった時計を見ると、


「ま、愛未、授業はっっ!?」


たっぷり1時間は経過していた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡67

私は、隣の愛未に気をとられていて
先生の“その時”は見ていなかったけど、
どうやら
愛未が机を打ったのと同時に
教科書を教卓に叩きつけたみたい。

やがて先生は
眼鏡をくいっと上げ、
表情を変えずに言った。




「うるさい。」




温度を一切感じさせない鋭い声に
尚も落ち着かない様子でいた生徒も
押し黙る…。

そして、
とどめのひと言。


「俺の授業を受ける気が無いなら、出ていけ。」


その言葉に
鎮静を確信したのか、
愛未はゆっくり腰を下ろす。








ピリピリとした緊張感の中、
授業は始まった。

もう、私語をする者はいない。

聞こえるのは先生の声だけ。

でも…、
負の感情がたっぷりと込もった視線を
私は感じていた。




背中に突き刺さる視線…。

自分より前の席の人も、
先生がホワイトボードに向かう時間を利用して
わざわざ私に視線を送る。


それは、
紛れもない敵意…。




なぜ?

先生と目が合ったから?

いや、違う。

その前から、みんな私のことを…。




考えてもたどり着かない答えに
頭はパニック状態。

愛未が、

“気にせず、授業に集中!”

と、
ノートに走り書きをして
私に見せる。

その文字も
どこかぼんやりで…。




なぜ?




なぜ…?




な…ぜ…?




巨大な迷路に迷い込んだように、
行き場を失った思考。




目の前がどんどん暗くなる。




息が苦しい…。




たすけて、
せんせ…――――。







唯一聞こえる先生の声を
暗闇の中で聞いていた…。

その声が突然、


「北川。」


と、
教科書に関係無い単語を形作る。




きたが…わ?




…―――愛未?





「はい。」


愛未は
驚いた様子も無く、
あっさりと言葉を返した。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡66

ほぅ…―――


その場全体が
一瞬にして
美しいものに囚われる。

でも、
今日は様子が少し違った。

先生を見て
自然に漏れたため息は
すぐさま中傷の囁きに変わる…。

それは、

「始める。」

と、先生がいつものように発した後、
ほんの数秒、
私を見たから…。




先生は、授業中誰も見ない。

正確に言えば、
誰とも目を合わせない。

それによって、
生徒たちが浮足立つのを
避けるためなのか…、
故意としか思えないほど、
絶妙に視線を外している。

それが今日、
私の視線と
先生の視線が
わずかな時間だったけれど、
混ざり合った。




ざわめく講義室…。

さっきまで
先生に集中していた意識が
私に向けられてるのがわかった。

はっきりと聞こえてこない囁きが
より一層、心にダメージを与える。




隣に座る愛未も
私を標的にした不穏な空気に気付いたようで、
机の上に置いている両手が
握りこぶしを作っている。


「我慢、できない…。ごめん、桃。」


押し殺した声で私に言うと、
手のひらで机を叩いた。




バンッッ!!!!




その音に、
驚いて愛未を見る生徒。

でも、
残りの半分は先生を見ている。


「あ、あれ?」


啖呵を切ろうと
立ち上がっていた愛未は
拍子抜けしたような声を出し、
半分の視線の行方を追った。

その先には

…せんせい。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡65

授業開始まであと5分というところで
愛未と講義室に入った。

先生はいつも時間ピッタリにやってくる。


それまでに、
少し落ち着かなくっちゃっっ!


今日の授業前のドキドキはいつも以上。

やっぱり、
先生の部屋で過ごしたあの時間のせいだろうか。


静まれーーー、心臓!!!


その意思に反して、
胸の高鳴りは大きくなってゆく…。




教科書やノートを広げて、
平常心を呼び込もうと努力してると、
愛未が耳元で囁いた。


「おかしい…。みんな桃を見てる。」

「え!?」


顔を上げ、
講義室にいる生徒に視線を向けると
一様に慌てた様子で目を逸らす。


な、なに?


「ま、愛未っっ!
 私、変なモンでもついてる?
 背中に張り紙とか?」

「いや…。そういう系じゃないと思うよ。」

「じゃ、じゃあ…」


一体、なぜ?

そういえば先輩も、

―みんなの目、桃ちゃんを見てる―

そう言ってた…。




神経を周りに集中する。




「あれよ、あのコ。
 あのコが―――――…」

「ああ。どうりで――――…。
 先生にも初日から色目使ってたじゃん。」


切れ切れだけど、
誰かのことを噂する声が聞こえた。




誰か…


ワ、ワタシ!?




さらに、声の発信元は一か所ではなく、
講義室の至る所であるとわかって、
全身が氷のように冷たくなった。




「なんなの…一体。」


愛未が悔しそうに呟いた時、
始業のベルと共に
先生の姿が現れた…。




教卓に教科書や資料を置き、
髪を煩そうにかき上げる…。

いつもと同じ動き。

そして、
何度見ても美しい動き。

瞬時に誰もが釘づけになる。




そのあとは、


「始める。」


という先生の声で静かに授業に入る。


…いつもなら。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡64

楽しい時は
あっという間に過ぎると言うけど、
何かを考えている時は
もっともっと早く過ぎてゆく。

それが難題になればなるほど…。




「ああ、こんな時間だ。
 トレイ戻しに行こっか。」


携帯を確認した愛未が立ちあがった。


「え?もう?」


先輩も腕時計を見る。


「…時間が欲しいな。」

「そうね。考える時間がね。」




辛い時間を過ごしている優太くんの時は
永遠かと思うぐらい
ゆっくり
ゆっくり
流れているんだろう…。

孤独な時間の中にいる友を
早く救い出したいと
心ばかりが焦った。




確実に優太くんに会える日まで、
今日を入れて、あと3日。


なんとなく、

“それまで優太くんには会えない”

そう、みんな思っている。


“連絡すら取れない”

そんな予感がする。


だからこそ、用意したい。

優太くんを笑顔にできるプレゼントを。


次に会うときには
曇りの無い優太スマイルを
絶対、
絶対、
ぜーーーーったい、見るんだっっ!!!








トレイを返して、
カフェの前で2人と別れようとしていたら、


「桃、行くよ。」


と、愛未。




教室にはひとりで戻れるのに、
どうして?




首を傾げていると、


「次は隠れカメラマンの授業でしょ?
 また、怒られたいの?」


そう言って、ズンズン歩いていく。




そ、そうだった!

今日はせんせいの授業の日だ!!!




優太くんへのオモイと
先生へのオモイで
私の胸は早鐘を打った。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡63

「とは言っても、
 何も知らない!じゃ話が進まないから
 手短に説明するね。」

「は、はい。
 お手間かけます!!!」


私は背筋を伸ばし、
聞く体制を作った。

先輩も私につられたのか、
ピンと姿勢を正す。


「富田はるか。
 看護学科2年。
 父親は製薬会社社長。
 そして、ここの卒業生。
 現在は、わが校に多額の献金を行ってる。

 どう、桃?
 キナ臭くなってきたでしょう?」

「…ど、どのへんが?」

「――――…

 続ける。」




もしかして今、呆れた?(汗)




「富田はるかは、
 多額の寄付金とともに
 鳴り物入りで入学。
 どんだけの箱入り娘かと
 蓋を開けてみたら、
 “頭は無いけど金は有る”
 いちばん厄介なヤツが出てきた。
 生徒はもちろん
 教師も逆らえない。
 逆らうとココにはいられない。」


そこまで聞いて、
朝、優太くんことを皆に知らせた
小森先生の顔を思い出した。

とても、悲しそうな顔…。


「桃、そんな顔するのは
 まだ早いよ。」




ど、どんな顔してる、ワタシ?




「富田はるかはね、
 金持ってるバカってだけなら
 まだ良かったんだけど、
 世の中の男すべてが
 自分のものだと本気で信じてる、
 超特大の勘違い女だったの。
 もし仮に
 思い通りにならない男がいても
 親と金と体で…。

 ああ…、
 これ以上桃には聞かせたくないなー…。

 まぁ、つまり
 自己中の男狂いってことよ。
 ね?最悪でしょ?」




親と金と、

から…だ?




「もーーーもっっ!!!
 変なこと想像しないでっっ!!!
 かわいい桃が汚れるっっ!!!」




愛未、もう遅いよ…。

私、
汚れちゃった(涙)


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡62

「さぁ、どうしたもんかなぁ…。」


ずっと頭を抱えていた先輩が
ようやく顔をあげて言った言葉は、
どこか他人事で…
“いつもの先輩”らしくないものだった。


愛未も、


「そうねぇ…。」


と、調子を合わせただけ…。


どうしちゃったの?
ふたりともっっ!!!


「ね、ねぇ!なんとかしようよ!!!」


いつまでも何もしようとしない
先輩と愛未に痺れを切らせた私は、
涙を拭って立ち上がった。


私の勢いに
ちょっとだけ驚いた顔をした2人だったけど、
すぐに冷静な顔に戻って頬杖をつく…。


「優太くんのこと…放っとくの…?」


目の前の素っ気ない態度に悲しくなって、
思わずグスンと鼻声に…。


「ち、違うよ!桃ちゃん!!!
 放っとくとかじゃなくて!!!
 おわっっっ!!!!!!」


私の涙目に慌てた先輩は
立ち上がった拍子に
ミックスジュースを倒してしまった。

ひと口も飲まれなかったジュースが
先輩の服を濡らしてゆく…。

あわあわとTシャツを引っぱる先輩に
ハンカチを渡した愛未は、


「そうだよ、桃。
 助けるに決まってるでしょ?」


と、私に言った。

深く、優しい瞳で…。




「放課後には第2報が来ると思うから、
 具体的な救出作戦は
 それからたてるとして…、
 海は富田はるかのこと
 どれだけ知ってる?」

「“この学校における一般知識”程度かな。」

「そう。
 で、桃は…知らない、よね?」

「うん。名前も知らなかった。
 有名な人なの?その人。」

「まぁね。
 色んな意味で有名。
 知らないのは桃ぐらいかも(笑)」

「えっっ!?そうなの?」


びっくりして先輩を見ると、
申し訳なさそうに頷いた。


「知らなくてもいいよ、あんな女。
 あれはね、
 私が最も嫌いとするタイプの女だから。」


そう言って愛未は、
美しく流れる眉を苦々しげに歪めた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡61

「富田はるか…。
 そういうことか…。」


先輩はとうとう
フォークをトレイに置いてしまい、
空いた両手で頭を抱えた。

そんな先輩の姿を横目に、
情感たっぷりにメールの一文を読む愛未。




「この先の話…
 正直、文字にするのも憂鬱です。
 覚悟はいいですか?」




ごくり…




先輩の喉が鳴った。




「北川さん。
 あなたの事ですので、
 富田はるかや富田家について
 かなりの知識をお持ちだと思いますが、
 毎月行われる“家族の健康診断”のことを
 ご存知ですか?」




「何、それ…?」


これまで淡々と文面を読み上げていた愛未が
初めて自分の意思で中断する。


「変態プレイ的なことじゃないといいけど…。」


そう言って、私をチラリ…。




愛未、
私は大丈夫。

もうすでに
頭がついていってないから…。




「あは…は…。」


呆けたような笑顔を向けると、
愛未はハァ…と小さくため息をついて、
携帯の画面に視線を戻した。




「それは、父親の
 “家族の病気をいち早く発見したい”
 という名目によって
 ウチの病院で毎月行われているもので、
 身体測定、
 尿血液検査、
 胸部X線検査などの一通りの検査が、
 さも当り前のように
 毎月繰り返されていました。

 私が思うに、
 その健康診断
 ただの“監視”だと…。
 そして、
 おバカな富田はるかは
 その“監視”に引っかかった。

 そう。
 妊娠検査です。

 病院から妊娠の知らせを受けた父親は
 電話で娘に問い質しました。
 おそらく、
 相手は誰だ?とも。
 そこで彼女は
 今現在、夢中になっている
 プードルの名を出したのです。
 そしてその後、
 自殺騒ぎを起こしました。
 もちろん、
 プードルの心を繋ぎとめておこうとする
 完全なる自演です。
 まぁ、そもそも、
 プードルの心は
 ピーチ姫にあるんですから、
 繋ぎとめるという表現自体が間違っていますが…。

 それにしても、
 なんていう女なんでしょうね。
 私が管理する妄想の世界でも
 こんなエゲツない女は、なかなかいません。

 とりあえず、今はここまでです。
 お役に立てたでしょうか?

 しかし、こうしている間にも
 情報がどんどん入ってきています。
 タレ込みが異常に多くて、ゲンナリです。
 どれだけ人に恨まれてるんでしょうね。

 また、厳選してお知らせします。」




愛未は静かに携帯を置いた。

先輩はさっきの体勢から
微動だにしない。

私は、
頭の芯がガンガンして…

目尻から涙が落ちた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡60

「じ、情報って、どこから!?」

「それは、ヒ・ミ・ツ♪
 さぁ、読むわよメール。」

「あ、ああ。」


先輩の頭の中では

―愛未って何者?―

っていうハテナが飛び交ってるんだろうけど、
疑問符はぐっと飲み込み、
愛未の言葉を待った。




「連絡遅くなりました。
 ただ、情報はきっちりフルイにかけたので、
 ほぼ完璧と思われます。

 さて、今回の事件…」




「じ、事件って…」

「海、黙って聞く。」




「さて、今回の事件、
 事の発端は
 当初の噂通り
 看護学科2年の女生徒にあります。
 名は富田はるか。
 北川さんなら、ご存じでしょう?
 彼女、医学部3年の男子と付き合ってまして、
 いや、
 付き合う予定にしてましたが、
 物の見事に振られました。
 が、その事実、
 プライドの高い彼女には耐えられなかった。
 そこで、プードル相談室。
 学科も学年も違う彼に
 相談することを思いつきました。」




「プードル相談室って…
 優太がやってるアレのことか?」

「た、たぶん…」

「そこ!私語厳禁!!!」

「「はいっっ!!!」」




「しかし、そこは富田はるか。
 相談を繰り返すうちに
 医学部学生→プードルに標的が変わりました。
 熱心に相談に乗ってくれる彼のことを
 自分のことが好きだからこんなにもっっ!
 と、大勘違いを…。
 周りの人間には、
 プードルに会う時のことを
 デートだと堂々と言っていたようです。

 プードルボーイも
 残念な女にひっかかりましたね…。

 さて、
 ここまでなら大した問題では無かったんですが
 彼女、
 妊娠してました。」




「え!?」

「ゆ、優太の子か!?」

「んなわけないでしょ!!!(怒)
 話の腰を折らないでっっ!!!
 読むよ、続き!」

「「すいません…。」」

「ったく――、
 時間無いっていうのにっっ!」




「もちろん、プードルの子ではありません。
 というより、
 誰の子かわからないようです。
 あの、富田はるかですから…。」




――――!?

ダレノコカワカラナイ?




そして話は
私の幼稚な頭では
理解できない方向に進んで行くのです…。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡59

昼休み、

「カフェはやめて、部室に行かない?」

という愛未の提案で
カフェで各々好きなものを注文し、
それを持って部室に来た。




先輩はAランチとミックスジュース。

私はホットサンドプレートにレモンティー。

愛未は…


「ああ…。海のAランチ美味しそう…。」


自分のBランチと見比べながらため息をつく。


そんな愛未に、


「交換する?」


とっても優しいお言葉。

でも、愛未は
滅多に見せない切なげな表情を作って、


「換えたいわけじゃ無くて、両方食べたいの!
 でも、一度に持って来れなかったから…。」


と、Aランチを熱烈凝視。

先輩はそんな視線を物ともせずに、
Aランチのハンバーグに
ぐさっとフォークを立てた。


「…愛未。
 そのパンパンに膨らんでるコンビニの袋が無ければ
 一度に持って来れたよね?
 さ、桃ちゃん、ほっといて食べよ。」


先輩…、
男らしいです。




「さぁ、時間も無いから、
 食べながら話そうか。」


愛未がAランチ強奪を諦め、
大人しくBランチを食べ始めたのを見て、
先輩が話を切り出した。




「まず…、
 優太と連絡とれた人いる?」

「ダメ。携帯、電源切ってんのかな?
 メールも返ってこないし…。」

「私の方もです。」


授業中、
こっそり何度かメールを送ったけど
返事は一度も無かった。

家に電話してみようかとも思ったけど、
お母さんに余計な心配をかけたくないし…。


「そっか。みんな同じだな。
 やっぱり、
 優太から情報を得るのは無理か。」


先輩はフォークを宙に浮かせたまま、
難しい顔で考え込む。


食べながらって言ったけど、
先輩のAランチは全く減っていない。

私のホットサンドも
ひとかじりされただけで
湯気を失ってゆく…。




そんな中、
着々と食べ進める愛未の携帯が
短く鳴った。

フォークを持ってない方の手で
バッグから携帯を取り出す。

そして…


「情報、来たよ。」


と、ニヤリと笑った。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡58

1時限目が終わって
山本先生が教室から出て行った途端、
海先輩が転がり込むようにして入ってきた。


「も、桃ちゃんっっ!ゆ、優太は?」


先輩の焦る姿になのか、
優太という名前になのか、
教室にいた全員が反応し、
視線が集まる。


「―――!!!」


大勢の“女子の目”にたじろぐ先輩。

みるみる顔が青くなってゆく。


「先輩?廊下、行きませんか?」


血の気が無くなった先輩を促し、
廊下に出た。




廊下を歩く生徒達も
私たちの姿を見て
ヒソヒソと何かを話していく…。


「なんだよ、これ…。」


苛々と顔を歪める先輩。

私は
小森先生が言ったこと、
それから…、
みんなの様子がおかしいことを話した。


「優太のことを噂してんのか…」


チラチラと視線を向けながら
通り過ぎる人たちを
ギロリと睨む先輩。


「多分、そうだと思います。
 …内容はわからないけど。」

「そうか…。」


先輩は頭の中を整理するように
目を閉じた。




次に目を開いたときには、
落ち着いた“先輩”の顔。

その瞳には力強い意志が宿っていた。


「桃ちゃん。聞いて。
 今朝、部室に行ったら、
 メニュー表の材料がかなり無くなってた。
 昨日、プリントした写真も。」

「え!?」

「それと、置き手紙が1枚。」


そこまで言って先輩は
ポケットに入っていた紙を
開いて見せた。




  先輩へ

  材料、何部か持っていくね。
  残りは3人でがんばって。
  一緒に作れなくてゴメン。
  でも、日曜日には
  きっちり仕上げて持っていくから。

  先輩。
  昨日言ってくれたこと、
  嬉しかった。
  ありがとう。
  後は、よろしくお願いします。
  信じてるよ。

         優太




「これ…いつ?」

「昨日ってあるだろ?
 だから、今朝来たんだと思うよ。
 俺が毎朝部室に行く時間知ってるから、
 その前に来て、これを置いていった…。」

「優太くん…なんで?」

「…」


先輩は
動揺して揺れ続ける私の瞳に
膝を曲げて視線を合わせた。

その目は
深い優しさで溢れていて
自然と気持ちが凪いでいった。


「桃ちゃん。
 昨日、俺たちが感じていた通り
 優太には何かが起こった。
 そして、学校に来れなくなった。
 でも、日曜には会える。
 そうだろ?」

コクンと頷く。

「俺たちは、それまでに
 出来るかぎりのことをしよう。
 もし、何かが障害になって
 優太が学校に来れないのなら
 その障害を取り除こう。
 優太を守ろう。必ず。」

「はい。」

「それから…」


先輩は膝を曲げたままの姿勢で
私の両肩に手を置いた。


「みんなの目、桃ちゃんを見てる。」

「え!?」

「優太だけじゃなく、
 君のことを噂してる気がする。」

「―――!?」


凪いだ心が再び波立つ。


「ああいう目、たくさん見てきたからね。
 残念ながら当たってると思うよ。」


どうして?私が?


思い当たることが無い分
余計に焦りが募り
ふるふると体が震えた…。




その震えを止めてくれたのは
先輩の大きな手と、


「守るよ。」


という言葉。

先輩は肩に置いた手にぐっと力を込めた。


「優太は
 君のこと、俺に託したんだ。
 この手紙は、
 それが言いたかったんだと思う。」

「―――!」

「でも、優太に頼まれたからだけじゃない。
 君も優太も、大切な人だから。」


そう言って先輩は、
恥ずかしそうに少し首を傾げた。

そして、もう一度
力強い瞳で私を見つめる。


「だからと言って、
 俺は学年もクラスも違うし、
 四六時中いっしょにいられない。
 ひとりの時は、自分で自分を守るんだよ。
 そして、優太を守って欲しい。」


先輩の両手から
勇気が流れ込んできた。


正直、
自分を守るってよくわからない。

でも、
大切な友達は守りたい。

たとえ、自分が傷ついても…。


「先輩。私…。」


気持ちを伝えようとした時、
2時限目の始まりを知らせるベルが…。


最後に先輩は
私の頭をわざと乱暴に撫でて、


「お昼は美味しいものを食べよう!」


と、ニコッと笑った。




先輩の背中を見送ったあと、
私はぴんと背筋を伸ばした。

前だけを向いて、
教室に入る。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

誕生日の奇跡57

翌朝の教室には
見慣れた笑顔が無かった。


優太くん、遅刻かな?


自分の席に座って前を見ると、
斜め前の席が
さみしそうに主人を待っている。

いつもなら、
誰かの相談を受けながら

「桃ちゃん、おはよ!」

と、声をかけてくれるこの時間。

何とも言えない、違和感があった…。




授業まであと10分…。


メール、してみようかな。


そう思い、携帯を取り出した瞬間、
クラスメイトの話し声が
耳に入ってきた。


ん?

いま、優太って言ったような…。


声のした方を振り返ると、
コッチを見ていたのか
慌てて目を逸らすクラスメイトたち…。


…なんだろ?


首を傾げながら前を向き直すと、


「ま、愛未!?」


腕組みをして、後方を睨みつけている
愛未が立っていた。


「桃、おはよ。」

「お、おはよう…。」


愛未…おはようって顔じゃないよ(汗)


「どうしたの?授業、始まるよ。」

「…優太、来てないんだね。」

「うん。遅刻かな?めずらしいよね。」

「桃・・・。多分、優太は来ない。」

「え!?か、風邪?」

「なら、良いんだけど…」

「どういうこと?」


愛未が次の言葉を繰り出そうとしたその時
ガラガラと教室のドアが開き、
担任の小森先生が入ってきた。

その姿を見た愛未は、

「後は昼休みに。じゃあね、桃。」

と、教室を出て行く。


愛未、何しに来たんだろ…。


愛未の意図も
クラスメイトの態度の意味もわからないまま、
始業のベルを聞くことになった。




って、
1時限目、小森先生じゃないよね?

他のクラスメイトも
疑問を感じたのか、ざわざわと落ち着かない。

そんな中、
小森先生が話し出した。


「みなさん。おはようございます。
 授業の前に少しだけ…。
 まずは、
 昨日は休講になってごめんなさいね。
 あの実習は、他の日に振り替えますので。
 それから…」


一旦、言葉を切った先生は
眉毛を八の字にして、悲しげにこう続けた。


「中村くんはしばらくの間お休みします。
 このことについて
 色々な憶測が飛ぶと思いますが、
 みなさん、どうぞ冷静に。
 学生の本分は勉強です。
 授業に集中するように。
 それでは、山本先生と代わりますね。」


そう言って、
小森先生は教室を後にした。




ゆ…うたくん…?




「静かにしなさい!授業を始めます!」


山本先生の注意も空しく、
ますますざわめく教室…。


でも、
私の耳には何も聞こえない。


ただ、
体の芯が冷たくなっていくのを
感じていた…。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



誕生日の奇跡56

「変人になったのには
 理由があるってことか…。」


先輩から貰った鍵を眺めながら愛未が言った。


「そう。きっとね。
 あいつには
 そういう生き方しかできない理由がある。
 俺、わかるんだ。
 そういうヤツの気持ち…。
 俺も…屈折して、
 人を避けて生きてきたから…。
 だから、
 前みたいに嫌いじゃないよ、二ノ宮。」


一気に想いを口にした先輩。

優太くんはその背中を
ぽんぽんと優しく叩いた。




辺りは
雨の暗さから、
夜の暗さにすり替わっていた。


「さぁ、今度はホントに帰ろっか。」


先頭を歩き出した優太くん。

その背中に、


「なぁ、優太!
 お前、ホントに大丈夫なのか?」


突然、
先輩が問いかけた。




足を止めた優太くんは
一瞬うつむき…、
次に私たちの方を振り向いたときには…


「大丈夫だって、先輩!」


笑顔、だった。




でも…




その顔を見た先輩は
くっと唇を噛み、


「友達だろ?俺達…」


絞り出すような声とともに
優太くんの両腕を掴んだ。

そして、
優太くんの瞳をしっかりと見据えて
懸命に心を伝える。




「俺はさぁ、
 二ノ宮のように…、
 お前らに会う前の俺のように…、
 うまく笑えない優太なんて見たくないんだよ。
 言いたくないんなら、言わなくていい。
 でも、これだけは覚えとけっっ!
 お前に何かあったら、
 全力で助ける!
 全力で守る!
 いいな!優太!!!」




先輩の言葉に
胸が熱くなった。


私も伝えなきゃ!


そう思った。




「優太くん。私も同じ気持ちだよ。
 だから…。」


後は、
声が詰まって言葉に出来なかった。

優太くんがこれまでにくれた
あったかいこと、たくさん思い出して…
涙がこぼれそうだったから。

だから…、
優太くんの右手を
ありったけの力をこめて握った。

その反対の手を
愛未がぎゅっと握っている。


「優太、私を誰だと思ってんの。
 愛未さまに解決できないことは無いって
 辞書に書いてあるでしょ?」


…無茶苦茶だ。

でも、その目は潤んでいる。


「ありがとう…。
 僕はしあわせだね。」


そう言った優太くんは
泣きながら
笑っていた。


それを見た愛未は、


「海!優太のこんな顔、
 萌えーーーじゃないの?
 写真は?撮らなくていいの?」


そんなことを言って、
感動的な場面を
見事に笑いに変えてしまった。








そして、今
私の手には先輩がくれた部室の鍵が…。

愛未が別れ際にくれた
“世界に4つしかない超レアなキーホルダー”
につけられている。

ちゃりんと金属音を鳴らして
もうひとつの大切な鍵もぶら下がった。

目の高さで軽く振ると
銀色の光りがふたつ、
国民的キャラクターとともに揺れる。


キティちゃんって、
偶然?


先生のライターを思い出して
笑みがこぼれた。


 ぽちりに感謝カンゲキ雨嵐<(_ _*)>



 

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